購入した電子書籍がサービス終了後も問題なく読み続けられるような“所有できるDRM”は日本でも普及するだろうか?(してほしい)

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鷹野 凌 2026.04.14
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今回はDRM(Digital Rights Management:デジタル著作権管理)の話です。とはいえ、技術的な話ではありません。サービス終了で購入した電子書籍が消えてしまう――そういう問題を解決するような仕組みが欧州を中心に広がりつつある現状について紹介いたします。

現状は強力なDRMにより“所有”できなくなっている

電子書店のサービス終了は、それほど珍しい話ではありません。いまでも毎年のように見かけます。そのたびにいわゆる「消える電子書籍問題」が話題になり、「閲覧する権利を買っているだけ」「電子書籍は所有できない」といった批判の声が上がります。まあ、利用者側からすれば、至極当然の批判でしょう。

実際には、以前「デジタル出版のデメリット」にも書きましたが、DRMフリーあるいはソーシャルDRMで販売されている場合には、ダウンロードしたファイルを自分で保管する形になります。これは事実上の“所有”と言って良い状態です。つまり多くの場合「電子書籍は所有できない」のではなく、強力なDRMによって“所有”できない形にロックされているのが現状です。

昨年末に、KindleストアでDRMフリーの本がPDFまたはEPUBでダウンロード可能になるという予告がニュースになった際には、この動きに過剰な期待を抱く人が多く観測されました。ところがフタを開けてみたら、KindleストアにはそもそもDRMフリーの本はほとんど存在しないし、DRMフリーかどうかを購入前に確認する手段もないという、少々お寒い状態でした(どうやらアメリカでは購入前の表示は改善されたようですが)。

強力なDRMはユーザーを囲い込むために機能している

アメリカではこの「所有できない」ことへの忌避感が日本よりさらに強いようで、Amazon KindleのDRMを解除して保存・閲覧できるようにするハックが横行していると聞きます。ハックされたらDRMが変更・強化され、またハックされたらまたDRMが変更・強化され、というイタチごっこが何年も続いているようです。それにより、ユーザーの利便性は徐々に損なわれています。

昨年には、Amazon KindleでUSB経由でのファイルダウンロードと転送オプションが削除されました。さらに、ファームウェアアップデートが行われ、強化されたDRMがすべての書籍に適用されました。これにより、ユーザーが購入したファイルをローカルでバックアップする手段のひとつが奪われた、という批判の声も目にしました。

なお、日本の著作権法では、DRMの解除は違法です。DRM解除ツールの頒布も違法です。アメリカの著作権法(DMCA)でも同様に違法であるはずなのですが、Redditなどでは「Kindle端末をジェイルブレイクしてシークレット領域にあるコードを入手し電子書籍を復号化」みたいなことがわりと堂々と語られていたりします。文化の違いでしょうか。

また、カリフォルニア州では2025年から、恒久的に利用できないデジタルコンテンツには[購入]ボタンを付けてはならないという州法が施行されました(California Law AB 2426)。Amazon Kindleストアもこれに対応し「ライセンスを購入する」という表記に変更しています。残念ながら日本でこういう規制に向けた動きは、いまのところありません。文化の違いかなあ。

いずれにしても多くの場合、強力なDRMは著作権保護の目的を超え、自社サービスにユーザーを囲い込むために機能していると言っても過言ではありません。サービスをしばらく使ってみて不満を覚えたとしても、購入したライセンスが人質となり、他社サービスへ乗り替えることが難しくなります。いわゆる「ベンダーロックイン」の問題です。

ベンダーニュートラルで軽量なDRMの標準化

さて、ここから本題です。電子出版の業界団体ではこの「強力なDRMでロックイン」する巨大IT企業――AmazonやAdobeなどに対抗するため、特定の企業に依存しないベンダーニュートラルで軽量なDRMを標準化し、相互運用可能なソリューションを提供していこうという動きがありました。

販売する本をDRMフリーで提供することは、大半の出版社が許容できません。ユーザーが勝手に公開・共有してしまい、コントロールできなくなり、販売を阻害する可能性が高いからです。売れる本ほどそうなる可能性が高いため、一部のベストセラーが収益を支えるビジネスモデルが成り立たなくなります。

また、ソーシャルDRMでの提供は、あまり一般的ではありません。導入されているのは技術書系出版社の直販サイトが中心です。ソーシャルDRMは、ファイルに購入者情報を埋め込むことで、誰の仕業かバレるからアップロードが抑止される仕組みです。

つまりソーシャルDRMでは、ファイルのコピーや移動がシステム的に抑止されるわけではないため、電子図書館サービスのような一定期間で利用できなくなる「擬似的な貸与」の仕組みを提供したい場合に使えないという課題がありました。

そこで電子出版の業界団体は、ソーシャルDRMだけどその気になれば利用停止も可能な軽量DRMの標準化を目指しました。軽量なDRMでもライトユーザーにとって解除するハードルは高いですし、日本やアメリカのようにDRM解除が違法である国も多いことから法的な抑止力も多少は働きます。

そもそも強力なDRMでもすぐ破られてしまうイタチごっこになっている――つまり、強力なDRMに刷新し続ける開発・運用コストがかかり続けているわけですから、ライトユーザーによる安易な共有・拡散さえ防止できれば充分、という考え方もできるわけです。

IDPF → Readium → EDRLab

少しだけ歴史の話をします。2012年に電子出版の業界団体であるIDPF(International Digital Publishing Forum:国際電子出版フォーラム)は、軽量なコンテンツ保護技術「EPUB LCP」のドラフトを公開しました。IDPFは電子書籍ファイルの国際標準規格であるEPUBの仕様を制定した団体です。また、LCPはLightweight Content Protectionの頭文字でした。

同年には、EPUBを仕様通りに表示するビューアのリファレンス実装を作る目的で、IDPF内に「Readium Project」が立ち上げられました。翌年には、迅速かつ持続的な開発を行うため、IDPFから独立した非営利組織のReadium Foundationが設立されます。

IDPF時代の「EPUB LCP」は仕様が未確定のままでしたが、2015年にReadium Projectのヨーロッパ拠点としてフランスで設立された組織であるEDRLab(European Digital Reading Lab:欧州デジタル読書研究所)に引き継がれました。EDRLabは、DRMシステムの開発と証明書を発行するトラスト機関としての運用を引き受けます。hon.jp DayWatchのアーカイブにも当時の記事がいくつか残っています(2017年に亡くなられた塩﨑泰三氏による執筆)。

この段階で、LCPはLicensed Content Protectionの頭文字に変わり、「Readium LCP」や「LCP DRM」あるいは単に「LCP」と呼称されるようになりました。その後、2017年にIDPFはW3Cと統合され、EPUBの仕様策定機能はW3Cに継承されます。

いっぽう、Readium FoundationとEDRLabは、そのまま現在まで活動を続けています。LCPは、2024年に国際標準規格になりました(ISO/IEC 23078-2:2024)。また、EDRLabはReadiumの後継でLCP対応の公式EPUBビューア「Thorium Reader」を開発、2019年12月から提供しています。

ちなみに現時点での最新版「Thorium Reader 3.0」は、日本語リフローEPUBの縦書きやルビ表示、PDFの閲覧やオーディオブックにも対応しています。日本電子出版協会の「第18回 電子出版アワード2024」で、エキサイティング・ツール賞を受賞しました。日本電子出版協会では2025年11月に、LCPとThorium Readerに関するセミナーも開催しています。

LCPとThorium Readerの普及拡大

このLCPとThorium Readerが、2010年代にヨーロッパの電子図書館サービスでデファクトスタンダードだったDRMの「ADEPT(Adobe Digital Experience Protection Technology)」とEPUBビューア「Adobe Digital Editions(ADE)」のセットを駆逐していったのです。

ADEPTは、Adobe IDを作成して端末をサーバー認証する必要があり、ITに不慣れな図書館利用者のハードルになっていました。図書館関係者にはサポートの負荷も大きかったようです。また、ADEPTは初期導入費用と保守運用費用とは別に、1ダウンロードごとのトランザクション費用が必要で、貸出が増えるほどコストも増加する仕組みになっていました。

あとは、Adobeが利用者の情報を収集できてしまう点も、図書館関係者にとっては難点だったようです。また、ADEにはバグも多く、頻繁にクラッシュしますし、ユーザーインターフェースは古いままになっていました。この「バグが多い」「高価」であることは、EDRLabが名指しで批判しているほどです。

Adobe Digital Editions(ADE)で日本語縦書きリフローEPUBを開くと、なぜか目次が下揃えになってしまったり、行末にあるはずの「?」が行頭へ移動したり、縦中横が効かなかったりします。とても実用には耐えられないビューアです。もう何年も前からこの有様は直らないままです。

Adobe Digital Editions(ADE)で日本語縦書きリフローEPUBを開くと、なぜか目次が下揃えになってしまったり、行末にあるはずの「?」が行頭へ移動したり、縦中横が効かなかったりします。とても実用には耐えられないビューアです。もう何年も前からこの有様は直らないままです。

欧州アクセシビリティ法(EAA)への対応

そしてADEの最大の難点は、視覚障害者が使うスクリーンリーダー(画面読み上げソフト)に対応していないことでした。2019年に採択された欧州アクセシビリティ法(European Accessibility Act:EAA)では、電子書籍のアクセシビリティ対応も義務(罰則付き)のひとつです。

単に目で読めるだけでなく、スクリーンリーダーなどの支援技術との互換性や表示の柔軟性が求められています。具体的には、WCAG(Web Content Accessibility Guidelines) 2.1 レベルAA の要件を満たしている必要があります。音声読み上げ機能(TTS:Text-to-Speech)のようなアクセシビリティ機能を阻害するDRMの適用は禁止されています。

この点も、LCPとThorium Readerに強い追い風になりました。EU加盟国は2022年6月までの国内法整備が義務付けられ、2025年6月から全面施行されています。つまり遅くとも全面施行までには、非対応システム(ADE+ADEPT)から対応システム(LCP+Thorium Readerなど)に乗り換えていく必要があったわけです。

そしてLCPとThorium Readerが提供開始された直後の2020年から世界中に蔓延した新型コロナウイルス感染症の影響で、来館不要な電子図書館サービスの利用ニーズが飛躍的に高まりました。Thorium Readerのダウンロードもこの時期に急増したそうです。

EBSCOやKoboもLCPに対応予定

ヨーロッパや北米の電子図書館・電子書店ではここ数年、LCPの採用が進んでいます。詳しくはEDRLabの導入企業・団体一覧Readiumのリスト一覧をご確認ください。たとえばドイツでは、Kindleとシェアが拮抗しているtolinoの電子書籍リーダーに採用されています。汎用電子書籍リーダーPocketBookinkBOOKもLCPに対応しています。

アメリカではInternet ArchiveBookshop.orgNetGalleyなどで採用されています。また、今後の採用予定として、世界最大級の学術プラットフォームであるEBSCO Information ServicesがLCPへの移行を発表しています。北米向けのBookWalker(旧BOOK☆WALKER Global)もLCPの導入を発表しました。

また、前述の日本電子出版協会のセミナーでは、2026年にRakuten KoboもLCPへ移行することが明かされています。実は、tolinoの端末はRakuten Koboが設計・製造(ドイツテレコムから事業継承)しており、tolino端末とKobo端末は名前とロゴが違うだけの同じ端末です。そのため、Kobo端末のLCP対応はスムーズに進む(というか“解禁”するだけ?)であろうと予想されています。

実際の使い勝手は?

LCPのライセンス認証には、Adobe IDのような面倒なアカウント登録は必要ありません。パスフレーズの入力だけで簡単に読めるDRMです。パスフレーズの入力が要求されるのは、同じ端末・同じアプリであれば最初の1回だけです。ライセンスが付与されたファイル(.lcpl)は別の端末へ自由に転送できます。

パスフレーズは電子書店や電子図書館側が設定しており、ファイルを開こうとするとヒントが表示されます。EDRLabのガイドラインでは、パスフレーズはユーザーが新しく覚える必要がないものにすることが推奨されています。たとえば電子書店ならユーザーID、図書館なら利用者カード番号などです。

NetGalleyからダウンロードした*.lcplファイルをThorium Readerで開こうとした画面

NetGalleyからダウンロードした*.lcplファイルをThorium Readerで開こうとした画面

LCPはオフラインで機能するソリューションなので、仮に購入元の電子書店がサービス終了しても、ファイルとパスフレーズさえ失わなければ、読めなくなることはありません。逆に、ファイルとパスフレーズをセットでオンライン上に共有するような海賊行為が行われた場合は、サービスプロバイダがライセンスを取り消せば読めなくなります

海賊行為をどうやって判別するのでしょうか? LCPで保護されたファイルをユーザーが初めて開くとき、そのデバイスはライセンスサーバーに登録される仕組みになっています。ライセンスサーバーには登録済みデバイスリストが保持されるため、登録済みデバイス数が異常に多い場合に「過剰に共有されている」と判断される仕組みになっているそうです。

この「あとからでもその気になれば利用停止も可能」な点が、出版社やサービスプロバイダがLCP対応を受け入れていった大きな要素のひとつであると言えるでしょう。ユーザーが勝手に公開・共有してしまっても、コントロールが可能な仕組みになっているのです。

日本でのLCP対応は?

LCPが、電子書籍をユーザーが擬似的に“所有”でき、出版社やサービスプロバイダのビジネスを阻害しないDRMであるという説明をしてきました。では、日本でのLCP対応はいまどうなっているでしょうか?また、生成AIでの利用は可能なのでしょうか?  以下はサポートメンバー限定です。

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